落ちこぼれは強力なバネにせよ

何かを頑張ることは素晴らしいことです。
目標を持って何かに取り組むことはそれだけでもう価値のあることだと思います。



昔、私は勉強も運動もできない。そう、ドラえもんで例えるなら「のび太君」でした。
今もまさにそうかもしれませんが、、。


中学校、高校とバドミントンをやっていましたが、自分より経験の浅いものに負ける。女子に負ける。


高校の勉強では欠点をとりまくり、他にも勉強ができない奴がいて、私も含め勉強ができないその4人を「四天王」と呼ばれていました。


でもそれが悔しくって大学では武道をしました。
「俺はここで変わるんだ」
そう思っていつも受け身を取っていました。


大学でも思うようにいかなかったことがいくつもありましたが
なんともいえぬ満足感。
胸を張って「自分は頑張った」と言うことができたのです。
生まれて初めて自信がついた気がしたのです。
この経験が今を支えている気がします。
この経験が少しばかりの自信になっている気がします。


そして今。
仕事もうまくいってません。この年齢にして無職の危機です。
辛いです。
世間は厳しく冷たいです。



でも応援してくれる人たちがまわりにはいっぱいいます。
気持ちをわかってくれて私の気持ちを理解してくれるまたは理解しようとしてくれる人たちがいっぱいいます。
非常にありがたい。


思えば失敗ばかりしてきました。
そんな20代後半です。


新たな道を探して。
この人たちのためにもがんばろうと思います。

私はADHD

ちょっと自分のことを。


暗くなります。




去年の12月、咳が止まらなくなりました。

病院へ行っても咳は止まらずステロイドを投与されるばかり。

咳は1ヶ月以上続き、病気へいくと、ストレスかもしれないと言われ、心療内科の受診を進められました。


心療内科に行って、フルボキサミンと名前は忘れましたが、薬をもらって一週間たつと咳は直りました。



咳は直りましたがまた来るように言われました。

そして、心理テストを行いました。

そうすると医者に言われたのは

『職場でついていけてますか?』

といわれ、


『ドキッ』

としたのを覚えています。


というのも

テストの診断の結果、

空間認知能力が他の能力と比べて極端に低かったのです。

知的障がい者レベルとまで言われました。


診断結果はADHDでした。

思い返せば思い当たる節はたくさんありました。


・片付けが下手くそ

・手先が極端に不器用

・車の運転が下手くそ

・壁によく当たる

・書類の誤字脱字が多い

・整理整頓が苦手

・ガヤガヤしたところで、話されると聞き取れない(ガヤガヤに注意がいってしまう)


等他にもいろいろあります。



でも、最初は治らない障がいだと落ち込みましたがいまはそうでもありません。


工夫すればいいんです。


ってそんな単純にはいかないから苦しんでるんですがね😅



でも前を向いていかないと仕方がないから前を向いていくんです。


頑張って!自分!

公園5周から7周に進化


今日のトレーニングはいつも走っている公園7周と腹筋30回しました。
いつもは公園を5周で終えていたのですが7周に増加したのです。


当初は「5周」というと、「えー。無理。3周でインターバル欲しい」などとほざき、3周でインターバルを挟んでいたのですが、今回彼女は、7周をノンストップで走り切りました。


彼女は、徐々に進化していき、成長しています
しかし、未だに私がいないと走ろうとしないのはちょっとネックですが、そこは置いておいて。
でも、私が休みの時は、「今日は走る(・・?」と聞いてきてくれるのでそこは感心するところです。


腹筋も5回で当初は厳しい表情をしていたのですが、今日は20回やりきりました。
20回プラス10回インターバルを得て、今日はトレーニングしたので30回したことになります。



なかなか続けることは難しいですが、できるときにできることをやればいい話です。
気持ちさえあればテレビを見ている間でも、腹筋、背筋、腕立て、スクワットぐらいならできます。
誰かを待っている間でも、つま先だちをしてふくらはぎを鍛えることもできるのです。



たかが30分のトレーニングですがされど30分のトレーニングです。
走ることは
・脂肪が落ちる
・筋力がつく
・健康になる
・血行がよくなりむくみがとれる

等言ったらきりがないぐらい良いことばかりです。


ただわたしも含めて、走らない言い訳をつくり、めんどくささで「やらない」と言う」選択をしているだけです。


継続させるうえで、
こうして日記を記録することにより、振り返り次の目標を見つけることができるのです。


次回もがんばります。