笑わんかい!

おはようございます。


一か月休職し、最終的に出した決断は今の会社を辞めるということになりました。


これ以上続けても自分を苦しめ、周りに迷惑をかけ、同じことを繰り返すようになると考えました。


正直悔しいです。


大学を出て、一旦は別の会社に就職し3年働き、やりたい職業に転職。


これからというときでした。


非常に無念でやりきれません。


悔しいです。


しかし、私よりももっと悔しがる人がいました。





母です。





母は、今の会社に入るために努力してきた事も、入社してからも努力してきたことはみてくれていました。


弱音を吐くことがあっても聞いてくれていました。


『あんたは今まで努力してきたしいろんな我慢にも耐えてきた。それを見てきたから悔しい。やりきれん。』


そう言ってくれました。



夏にADHDと知的にも障害があると診断された時、安心した半面、これからどうしていこうか真剣に考えた結果、仕事のストレスも重なり、不安障害となり二次障害発症。


会社をも辞める始末。




でもこれでよかったんだ。


今はそうおもっています。


本当の意味で苦しいのは今からなのかもしれません。



今までも気持ちが折れそうになったときは何回もあったけど死のうとしたこともあったけど


奮起して立ち上がってきた。


だからここなんです。


ここからなんです。


ここからまたはじめるんだ。


一歩、また一歩とはじめていけばいい。



まずは、



しっかりビジョンを叩き出せ!


ゆるーく


こんにちは。
最近は、走るのをさぼっています。
なかなか走るのはエネルギーがいるので、、、
彼女のほうは一緒に走るようになってから3キロ減ったみたいです。




心も徐々に元気になってきました。
吐き気もなくなりました。
仕事のことはなるべく考えないようにしています。
このまま辞めるべきか、頑張って続けるか、
続けるにしたって職場が僕を置くほどの体力はないと思います。
続けるのは難しいと思います。
まだわかりませんが。



最近分かったことがあります。
年寄りは前から好きでしたが、子どもも動物も好きだということです。
動物園へ行って、「あれ、俺ってこんなに動物好きやったっけ(・・?」



と自分で自分に驚いていました。



最近、友達の子供と触れ合うことが多くなり、その子供と遊んでいると楽しいのです。
自分まで子どもに帰ったような気がするのです。


仕事を休んでいるという後ろめたさもありますが今は休むと割り切り、やりたいことをやろうと思います。





発達障害(ADHD)は理解されにくいと思います。
目に見えないことが多いからです。
深く付き合って一緒に仕事しないとわからないのです。
しかも、人それぞれ特性が違うのです。
僕の場合は注意欠如の方ですが、それ以外にも衝動性、多動性があります。
注意欠陥のほうでも、聴覚が敏感であるとか嗅覚が敏感とか約束を守れないとか、すぐに予定を忘れてしまうとか、人によって症状は違います。
だから職業を選ぶ際も、人より多く自己分析をしなければならないと思います。


何が苦手で何ができないのか、何が自分にあっているのか、
周りにどのような助けを求めたらいいのかなどある程度、自分のことを知っておかなければならないと思うのです。


とくに、トップダウンの企業や職場では働きにくいと思います。



空白の時間


私の話です。


とうとう会社に行けなくなってしまいました。
会社に行こうとすると激しい嘔吐の繰り返し。
職場に近づくにつれ、動悸がします。
この前は駅のトイレでうずくまっていました。



心療内科を受診し、不安障害と診断されました。
一か月休職するよう言われました。
自宅療養です。



大学卒業したころは「なんでもやったんねん」と
社会に対し、意欲を燃やしていました。
それなりに会社にも信頼をおいてもらってました。


それがそれでやってみたかった職に転身後、こんなことになるとは
想像もできませんでした。



本当は1年前から限界だった。
それをだましだまし出勤し、いろいろな我慢から耐えてきた。
人は決して悪くない。
ただそういう職場に自分が絶えれなかっただけなのです。


今日、診断書をもって会社に休職のことを伝えに行きます。
顔を合わすのは勇気のいることですが、どう思われてもいいと割り切って
行くこととします。


いつものように電車でいけばまた吐いてしまうかもしれないので車でいこうと思います。



偏見をもつ人だっているでしょう。
「心が弱い」と思うひともいるでしょう。
しょうがないですね。



人生自分の思うようになかなかいかないことが多いです。
受け容れていくしかないんだと思います。



死ぬのも勇気いるけど
生きることの方がもっと勇気いるんじゃ


ですね。